スピリチュアル体験〜霊格訓練のための炎を見る?

天国や人間界、修羅、畜生・・餓鬼、地獄界・・

 

今居るのは肉体の現実の形では人間界。

でも心の中や、人との関係、お金や仕事や・・・家族、親戚・・・

・・・と言ったら、どこの世界ですか?

 

天国というイメージはとってもわかりやすい。

何も痛いもかゆいも・・・(・・という良いかたは失礼かもしれないけれど)まさに極楽が一番あう言葉かもしれませんね。

 

 

あの世に行く時にお向えが来ない人も居ます。

お迎えを拒否され、復讐に燃える人におられます。

 

たくさんこらえる方もおられます。

凄い人は仏様がお迎えにこられる人もおられます。

もっと凄い人は・・・

亡くなる前にお迎えの行列が来られます。

 

 

 

母親、父親・・家族・・

その人たちが徳が高ければ来られるかも。

 

 

ヒプノセラピーをしていても、お向かえの時に来られる方も居ますし、その時に天使の人やご家族の方もおられますし、一瞬でまた生まれ変わりの人も居ます。

 

 

天上界と人間界は・・・なんとなくわかりますよね。

 

 

地獄も修羅も・・畜生界などのイメージはわかりますが、“実際との違い”はわからないと思います。

 

え?イメージと違うの?と思いますけれど、

 

あのですね、食べてみる前に

「こんな味?」と思っているのと、実際に食べた時の

「え」という感じの違い。

 

服もそうですね。

質感と着てみたのは違うし、毎日着てみたら・・なんか違うと。

 

 

 

・・それのもっとキツイ感じのお話です。

「肉体的に精神的にその世界の中にいる」という実体験をしたことがないので、畜生界の世界を知っているようで知らないと思います。

人間界から見ていますし。

 

 

 

ある方が動物を霊視して、

「昔のお友達」だったそうです。

周囲の方は

「え〜」という感じで知識を得たという反応でした。

 

ふるらんは驚きを越えて心にドンと何かがきました。

人間界からみたら動物は楽そうに見えますが、きっとその世界に居たら日々命と戦いと・・食べるものと。

 

たとえ人に愛され、可愛がられていてもその世界の存在なのでしょうね・・・

幸せな動物を見ていると、よかったね〜〜と心から思います。

 

 

 

苦労を知っているものにとって食べれない、おなかが空いた・・お金がないという辛いの意味は知らない人よりずっと辛いです。

 

 

そして修行の進んでおられる方から

「経験している者が本当に世界を知っています。だからこそ修行のありがたさがわかるのです」と言われました。

 

ずっと前、前、前世から徳の高い方は・・まず今、修行をしていても後半戦ですのでふるらんが書いている意味のずっと先の、ずっと上のことを修行されております。

 

 

 

 

 

 

2017年○月○日・・

 

夢の中にあることが出てきました。

 

 

赤黒く焼けた世界が出てきて・・

空気さえ赤いオレンジ色に染まり・・

熱くて呼吸ができない世界が広がりました。

 

よく見ると赤い大地の上に人の骨があり・・

 

生きているのか○しているのかわからないような肉が半分の体の人たちがたくさんおられました。

 

歩いていたり・・・転がっていたり。

おなかと骨盤がくっついていて。

 

骨が向きだしならまだわかりますが。

肉の匂いはしません。

とにかく熱い風景なのです。

 

それの中に逃げ場所を探している人も居れば、歩き回って骨を踏む人。

寝るのも立つのもできない人。

 

 

「まだ○ねないのか」と画面の世界でした。

 

あきらめたら・・上の世界に変わるのに、と想いながらもっと周りを見てみるとその風景を見て笑っている人がたくさんいます。

 

ええ、自分のことがわからないで回りを笑っているのです。

 

 

 

・・そうですね。

昔の映画の「シュワルツェネッガーさん主演の・・あの火星の映画の・・苦しみはもっと深く、もっと肉体といいうよりも骨と皮と・・炎と燃やして徘徊している感じ」の世界です。

 

 

私・・何を夢で見ているんだろう・・と思いました。

はじめての夢の中だったので。

 

 

 

歩いている。

立っている。

しゃごんでいる・・

骨が皮が・・炎が・・・ただそれだけの世界。

 

 

なんだろう・・この赤黒い世界・・というのを不思議に冷静に見ていました。

 

 

 

 

髪がまだ残っている女性がいました。

その髪の毛をつかんで男性が彼女を引きずっていました。

 

 

この二人・・こんなになってもまだ・・

 

 

そしてまた生まれてくる、相手のためにね。

 

 

お札なんて効かないだろうし、よほどの力のある人の霊能者というよりも・・仏様からの使命をうけた実力者でなければこの因縁は切れないわ、と思いました。

 

 

お札で切れるのであれば・・もっと上の世界に居て日々徳積みをして・・・

 

そして本当にお札のありがたさを知っておられる人でなければ。

 

 

もともとお札は直接触ってはいけませんし、直視もしてはいけないぐらいのもの。

 

 

現代風には

「いいですよ〜」かもしれませんが、

「いやいや・・・ここの神様は凄いから男性が受け取らないと」と思うことがあります。

 

そして神棚に御簾をつけなければと思うこともあります。

 

 

 

 

 

人(正しくは人だった人の骨皮)がたくさん歩いていますが・・

燃えている(たぶん燃えている)ので・・赤黒い世界の中を見ていて・・

 

 

なぜ怖くない?と自分に気がつきました。

 

・・そして目が覚めました。

 

外からカラスの鳴き声がたくさんしています。

 

前なら

「朝から嫌だわ・・」と思ったりしたこともありましたが、なんとも思わなくなりました。

 

 

 

あの世界にはカラス・・居なかったし。

もし居ても・・燃えてるし。

 

 

 

そして自分の部屋の天井を見ながら冷静に思い出して・・・

「あ・・ふるらんの家族、居なかった」。

 

 

父親の行いが凄かったでしたからね。

居るかも、と思っていました。

 

とりあえず・・赤黒く燃えている世界には居なかったです。

 

 

 

 

 

 

お釈迦様のお話で・・お弟子さんが自分のお母様が餓鬼界にいて・・というお話があり、お弟子さんがお釈迦様にお母様を救う方法を聞き、そして救い方教えていただくというお話があります。

 

 

 

お釈迦様は

「私が助けましょう」ではありません。

「こうしなさい」とお弟子さんにお話をしたのです。

 

お弟子さんは普段積まれている徳がありますからお母様を助けられるのです。

そしてお釈迦様の大いなる素晴らしさがあるのを知っているからです。

 

 

当然、なぜお母様がその世界にいるのか・・という部分がその先の学びです。

 

 

(いろんな宗教がありますので私の一つの話ですべての解釈にしないでくださいね。だたたくさんの人間がいて思想がありますがみなさん思うのは一つです。愛と平和がすべてだと思っております)

 

 

 

争いは人が起こすもの。

世界は人が作り、形にしてしまうもの。

 

 

そして争えば悲しみが生まれてしまうもの。

 

 

 

 

「自分だけで生きている」という言葉はもちろん、

「自分だけであの世にいる」という言葉もないと思っております。

 

人様のお陰、ご先祖様のお陰。

 

そして偉大なる見えない徳の高い方たちのお陰。

 

 

 

生きていても、あの世にいても・・・また生まれてきても、修行は続くと思っています。

 

 

生まれて来た日を祝う幸せの炎。

 

冷えた体や疲れを取るために・・人を暖める炎。

 

美味しい料理や柔らかく煮込むための炎。

 

優しさのある慎ましい・・・

ええ、お仏壇のろうそくのような炎。

 

 

あの世へお帰りされる方たちへ、心からの感謝と深い愛のある送り火を。


 
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