禅 和尚 カードリーディング〜その深さと確実性に驚く。


とってもとっても久しぶりにカードリーディングを自分のためにしてみました。


このお盆にいろいろ体調も変わって、そして重力も変わって・・

そして・・・自分のつらさも自分で解決する方法を模索して・・・

そう、日本のきちんとしたお坊さんのお話しもそうでしたけど、チベットやスリランカの僧侶様たちのお話しも聞いた時に、

「自分のことは自分や自分の師匠と会話し、道を探すのです。相談はしますが、すがりません。すがればそれは自己の心の癖となり、因縁となり、魂に組み込まれ、輪廻から脱出することからまたできず、そしてまた苦しむのですから」と教えてもらったのですから、ふるらんもそうしようと思って。


ある90歳ぐらいのお坊さんが

「思いましたよ、いろいろなものが。でもこの年になってほしいものはもうありません。強いていうなら・・真心だけで結構です」と言いました。

愛も肉体もすべて超越し、そして透明な瞳の中からの輝きを放つ方でした。

この瞳をもつ人間になるためには・・・やはりこの年齢にならないと・・この人以上に
「ほしいと思うものを切り離す作業は必要なのね・・」と深く思ったものでした。



あるお寺でまだ若い30代ぐらいの背の高いお坊さんを見たとき、一瞬で
「この人は違う!なんてすばらしいんだ」と感激しました。

思わずその場ですぐ正座をしなおして、手を合わせ、そしてその方の歩く姿をみただけで心が美しくなるのを感じました。

そのお坊さんが来ていた黒い着物がとても漆黒に見えたのが思い出されます。

あのお坊さんにもう一度会いたい・・・と熱望しているのは・・ふるらんだけではありません。
もちろん、笙先生もでしょうね。



和尚禅タロットをしてみました。

ふるらんはカードさんにこう聞きました。

「ふるらんの目指す道をおしえていただけますか?私の欲(何を手にいれるかとかそんなこと)はすべて関係なく、私の道を教えてください」と。

そしてふるらんの手が動いて、一枚のカードをひきました。



カード一枚、真っ黒な色をしています。
まさに優れたお坊さんの聖なる黒。


カードの名前は・・・「NO-THINGNESS 無 」です。




英語で正確に言うと  nothingness ナッシングネス


絶対的な潜在能力、それはまだ躇現していない、しかし、すべてを含んでいる・・・(解説書参考)



・・・ということが書いてありますが、ふるらんのリーディングはこうです。



「お前には黒に見えるか?」

「・・・いえ。私には透明に見えます」


「それなら・・・これを解釈しろ・・・・・」


・・・・ここからがリーディングです。


上も下もなく、右も左もなく・・・

それを不安に思うほど・・・未熟さはもう感じない。

心を闇(病み)に閉ざすほど、不本意は答えは・・もう持ち合わせてはいない。


闇を見て、闇に思うか、光を思うか・・・
己の心の強さを表す準備はできた。

(〜〜として)もっと強くなり、(〜〜として)もっと弱くなり、(〜〜として)もっと優しくなり、(〜〜として)もっと厳しくなりなさい。

人の心を忘れてはならない。
そして人の心を忘れなければならない。

目指すは人と仏の心を同時に表すこと。

人は神にはなれない。でも神の心を理解できることはできる。


無とは・・・無いのではない。

無いと思うのは或るからだ。

在るから・・・無いと思うのだ。



正しくは無いのではない。

「○○だ」(内緒)



歩く道の方向は「無」。

無を歩いて・・・無を手に入れなさい・・・

その向こうにワタシがいる・・・


(本当はワタシではないんですよ。ワタシとしか表現ができないのですが・・本当は‘    ’です)




 
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